ドイツ詩

2018年12月21日 (金)

浄められた秋

ゲオルク・トラークル (1887 - 1914)

力強く年が終わる。

黄金のワインと庭の果物と共に

周りの森は口を閉ざし、素晴らしい、

そうして独り者の伴侶となる。

土地の男が言う「良いね」と。

夕べの鐘よ、君らは長く小声で鳴り、

終末に朗らかな勇気を与えよ、

渡り鳥が上空から挨拶している。

恋の優しい時間、

小舟に乗り青い川面を下る。

次々と絵が絵に重なり、素敵だ、

静けさと沈黙のうちに小舟は下る。

Georg Trakl (1887 - 1914/11/03)

Verklärter Herbst

オーストリアのザルツブルク生まれ。欧州大戦勃発の1914年、ポーランドのクラカウにあった陸軍病院でコカインを飲みすぎて死亡。事故か自殺かは不明。

欧州大戦前のドイツ語象徴詩を代表すると言われるが、彼の詩は今日でも評価が定まっていません。Wikipediaより抜粋。

シェーンベルクの管弦楽曲に『浄められた夜 Verklärte Nacht』というのがありますので、真似をして私もこの詩の題をそうしました。

2018年9月21日 (金)

ベルリン、お前はドイツのドイツの女

ヴォルフ・ビアマン (1936 ハンブルク生れ)

ベルリン、お前はドイツのドイツの女

俺はお前の求婚者

おお、お前の手はこんなに荒れて

寒さと火炎のせいだ

おお、お前の腰はこんなにか細くなって

お前の広い道路みたいだ

ああ、お前のキスはこんなに味気ないが

俺はもうお前を放ってはおかない

俺はもうお前を置き去りに出かけはしない

西側には壁が立ち塞がり

東側には俺の仲間達

北風は荒っぽい

ベルリン、お前はブロンドのブロンドの女

俺はお前の冷たい求婚者

お前の空は夏至の青空

そこに俺のギターが引っ掛けてある

Wolf Biermann (1936 in Hamburg)

Berlin, du deutsche deutsche Frau

1953年に東独へ移住したり、1960年には東独政権党SEDから公演禁止を命じられたりと、共産党体制内での反体制派だったビアマンはシンガーソングライターとして有名でしたが、詩人でもありました。彼の詩集は戦後ドイツ出版の詩集の内、最も売れたものだったそうです。

ブレヒトの弟子ですから当然社会主義者ですが、人間の顔をした社会主義を目指した反体制派でした。

1950~60年代のベルリンとその気分が描かれていて当時の面影の片鱗を知る身としては、懐かしい気にさせられます。腰回りがか細いとは終戦後の栄養失調、広い道とは砲爆撃で建物が吹き飛んで広く見える市街のことです。ドイツのドイツのと繰り返してありますが、これは西独の東独のと二つのドイツが有った時代だからでしょう。

https://www.youtube.com/watch?v=n7a6M5JOqdc

ユーチューブにこの詩を歌っているビアマンがいました。若い写真です。昔のベルリンを偲ぶ歌ならマルレーネ・ディートリッヒの『私、ベルリンに旅行カバンをまだ一つ残しているの Ich habe noch einen Koffer in Berlin』もお薦めです。こちらもユーチューブで聴けます。

https://www.youtube.com/watch?v=d-BLoI-0aFc

「ベルリンにはカバンを一つ残してある。だから行かなくちゃ。思い出はカバンの中にぎっしり。ウィーンやパリも素敵だけど、私には懐かしいあの街が一番.............」という様な歌詞です。

2018年5月25日 (金)

シュペルロンガ浜での二重の出逢い

ローベルト・ゲルンハルト (1937 - 2006)

日はもう傾いていた。

浜辺は広くすいていた。

私の影は前方斜めに伸び、

君の影を追っていた。

君は見知らぬ女性。

君と君の影とが素早く近づく。

君の影は暗く君の肌は白く、

そうして二つは砂の上に来る。

とても美人だし裸も同然

君は僕の前を走って行く。

すると影はもう二つではなくなり、

正確に重なり合う。

僕と影とは君たちをゆっくり検分した。

君と影とは向きを変えなかった。

君と影とは無言で走り去り、

僕と影とのうちの、一人が声を上げた。「アー」。

Roberd Gernhardt (1937 - 2006)

Doppelte Begegnung am Strand von Sperlonga

シュペルロンガはイタリアの浜辺の保養地。この詩はフォーク調に曲が付けられてもいます。高校の国語教科書に鑑賞対象として出てもいるようで、ドイツでは有名なのでしょう。

結局男の思いは実らず女性に振り向いてもらえませんでした。テレビコマーシャルの映像風だと当初軽く考えていたのですが、「......ボードレールの『a une passante (一人の女通行人)』と比べてみよ」という教科書の課題を見たりすると、そう言えばそうだ、と思わせます。

2018年4月10日 (火)

1月の干し物ロープ上の悲しみ

ロルフ=ディーター・ブリンクマン  (1940 - 1975)

針金が一本、曲がって

張られている

二本の枯れ木を結んで、

その木は間もなく又

葉を芽吹くことだろうが、

早朝そこに洗い立ての

黒いパンティーストッキンングが

一つ、ぶら下がり

絡まった

長い脚から水滴が

明るい朝の光の中

石に滴っている。

Rolf Dieter Brinkmann (1940 - 1975)

Trauer auf dem Waeschedraht im Januar

色んなことが想像されます。女だ、一人暮らしだ、離婚したのか、男物は洗っていない。針金を干物ロープの代用に使うくらいだから豊かとは言えない生活だ。悲しみが早朝の日の中で明るく輪郭を際立たせている。1月に晴天とはドイツらしくないが、場所はどこなのだろう。

wikipediaによると何度ものロンドン滞在で発見した米英のポップ詩をドイツに紹介したとありました。即物的な(faktisch)表現とも書いてありました。そう言えばこの詩には感情を現す言葉が一つも使われていません。それだけに滴る水滴が涙を連想させて効果的です。

2018年1月23日 (火)

盲目の斑点

ウラ・ハーン (1946 - )

私たちこんなに違うから一緒にいられるの

あんたはあっちあたしはここ、あたしたち別々の車線

あんたの「こうだった」とあたしの「まだあゝなるかも知れない」

盲目の斑点が二つ現在の中にある

二人は夢見る人間だと、もう分かっているなら

現在は目覚めの前の夢のようなもの

二人がそれぞれこことあそこに戻るまで

現在は一時あたしたちと共に風の中で戯れる

Ulla Hahn (1946 - )

Blinde Flecken

冬の歌

ウラ・ハーン (1946 - )

今日あなたの家を出たとき

初雪が降っていた

そして私は韻律づくりに

頭を痛めていた

目が涙で一杯なのは

寒さのせいではなく

韻を踏まない

何かのせいだった

ああ、私が呼んだとき

あなたはもう遠ざかっていて

それで私は問うた、先夜誰があなたの

韻の中に眠ったのかと

Ulla Hahn (1946 - )

Winterlied

ザールラント州生まれの女性詩人。ungereimtには「韻を踏まない」と「しっくりしない」の二つの意味があります。

詩作の問題、寒さ、しっくり行かなくなった男女関係が絡まって女性的な良い詩になっていると思います。

2017年3月29日 (水)

最後の時間

ペーター・マイヴァルト (1946 - 2008)

あの最後の時間

僕らは何もできなかった。

君は落ち込みたくはなかったし

僕も笑うわけにはいかない。

だから僕らは紙とお喋りの中に

時間を包み込んだ。

それから僕らは二人して外に出た

一人になるとお互い文句を言いながら。

Letzte Stunde

Peter Maiwald (1946 - 2008)

マルセル・ライヒ=ラニッキ選『ドイツ名詩選』より。

最後の、別れても文句を言い合うところがいかにも頑固なドイツ人らしくて、読んでいて吹き出してしまいました。

2017年2月25日 (土)

支えはバラ一本だけ

ヒルデ・ドーミン   (1909 - 2006)

空中に部屋をこしらえます

曲芸師と鳥たちのもとに。

私のベッドは感情の台形の上

枝の先端にあって

風に吹かれる鳥の巣みたい。

優しく刈り取られた羊の、

手触り柔らかな毛でできた

毛布を一枚買います。月光に

照らされた雲が、大地を超えて

伸びてくる、そんなウール。

目を閉じて羊毛の房にくるまる。

小さいひづめの下にある

砂を感じとりたい。

そして家畜小屋の戸を夜閉める

かんぬきのカチリという音が聞きたい。

でも私は鳥の羽に身を包み

空中高く横たわり揺れる身だから

目眩がする。眠れない。

私の手が何か支えを探して伸びるが

見つけた支えはバラ一本だけ

Nur eine Rose als Stuetz

Hilde Domin (1909 - 2006)

『ドイツ名詩100選』より。女流詩人。この詩や他の作品などから推すと易しい文体の庶民派とでも言えるのでしょうか。

2016年12月 9日 (金)

こんなに君が好きだった

ヨアヒム・リンゲルナッツ (1883 - 1994)

こんなに君が好きだった!

何のためらいも無く君に

僕のストーブのタイルを一枚

贈り物した事だろう。

君に打ち明けられなかった。

勇気の不足が今は悲しい。

線路の土手に

エニシダが堂々と咲いている。

過ぎた事 - 何年も前だ -

でも決して忘れられない事。

僕は旅をする。

長く続くものは何であれ

小声だ。

時間はあらゆる生き物を

変形する。

犬は吠える。

犬は読めない

犬は書けない

僕等は留まれない。

僕は笑う。

重要なのは

茶漉しの網に

あいた穴だ

こんなに君が好きだった!

Ich habe dich so lieb

Joachim Ringelnatz (1883 - 1994)

ワイマール共和国時代ベルリンで軽演劇(キャバレー)・風刺劇作家、詩人、左翼系ジャーナリストとして活躍。1933年にナチス政権により舞台出場禁止処分を受け翌年病死。

仕出かしてしまった後悔より、しなかった事の後悔の方が後を引くと言いますが、好きな女性に打ち明けられなかった痛みは癒えません。

茶漉し網は記憶が薄れてゆく例えによく使われます。ベルリンの石炭ストーブは大型レンガ状に成型した褐炭をゆっくり燃焼させます。部屋の隅にしつらえてあり、家具と見まごうほど立派な、絵柄タイルを張った角柱です。

2016年10月20日 (木)

大都会の目

クルト・トゥホルスキー

朝早く

君が出勤する時、

心配事を抱えて

ホームに立っている時。

そんな時都会は君に

数百万人の人間漏斗の中の君に

アスファルトみたいに滑らかに

二つの見知らぬ目を向ける、一瞥、

眉毛、瞳、まぶた --

何だったのか?もしかして君の生涯の幸運

過ぎてしまった、風に吹かれて、二度と無い。

君は一生のうちに

何千という道を通る。

歩いている道で

君の事を忘れてしまった

あの目を見る

片目が合図する

魂が響く

君は見つけた

ただ数秒だけ

二つの見知らぬ目、一瞥、

眉毛、瞳、まぶた --

何だったのか?誰も時間を戻せはしない.....

過ぎてしまった、風に吹かれて、二度と無い。

君は徒歩で

街々を歩き回る事が有るだろう。

一瞬の間

見知らぬ他人を見る。

敵かもしれない

友かもしれない

闘争中の

同志かもしれない

向こう側に見える

そして立ち去って行く.....

二つの見知らぬ目、一瞥、

眉毛、瞳、まぶた --

何だったのか?

膨大な人数の中の単なる一個!

過ぎてしまった、風に吹かれて、二度と無い。

Kurt TUCHOLSKY (1890 - 1935)

Augen in der Gross-Stadt

ワイマール共和国時代のベルリンを代表するジャーナリスト、著述家。左翼平和主義者、社民党員として多方面で活躍。作家が社会批評をするというハイネの伝統を受け継いだ。現在でもベルリン市民や左派知識人には人気がある。

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