フランス詩

2017年8月 6日 (日)

刻印

アナ・ド・ノアイユ (1876 - 1933)

私、これ程上手に強く、命を支えにしているのだから、

こんなに荒々しくくっ付いて、あんなに抱きしめあって、

だから優しい日の光が私から奪われる前に

命は私と絡み合って、温められるでしょう。

地球の上にたっぷり広がった海は

水のさまよいの中でも、私の好みを守るでしょう

鋭く辛い苦痛への私の好み

そして動く日々の上では、私を船の様に揺するでしょう。

我が丘の連なりの中に、両目の熱を

私は残しておく。見つめると丘は花盛りだ。

バラの枝の棘先に止まった蝉が

我が欲望の鋭い叫びを震わせる。

春の野の新緑と

掘割の縁のふっくらした芝生とは

これらを押し包む私の両手の影が

まるで翼の様に羽ばたき逃げ去るのを感じるだろう。

私の喜びであり領土でもあった自然は

空中に衰えない私の熱気を吸うでしょう。

そして人の悲しみの鼓動の上に

私は我が心の独特な形を残しおくことでしょう。

『数限りない心(Coeur innombrable)』より

Anna de Noailles (1876 - 1933)

L'empreinte

ギリシャ・ルーマニア王家の血を引く王女としてパリに生まれたアナは、19歳でノアイユ伯爵と結婚する。1901年に『数限りない心(Coeur innombrable)』を刊行し、震える様に情熱的な叙情性で注目を浴びる。一言では言い表せない性格の彼女は程なく自邸に文化サロンを開設。常連にロスタン、クローデル、コクトー、マックス・ジャコブ、ヴァレリーなど当代のエリートを集めた。

ひどく分かりにくい詩です。でも何故か、心惹かれる詩でもあります。

ラルース社刊『フランス名詩100撰』より

2017年6月14日 (水)

亜麻色の髪の乙女

ルコント・ド・リール (1818 - 1894)

花盛りリュゼルヌ草に腰下ろし

朝早くから歌うのだ~れ?

亜麻色の髪の乙女が歌ってる

美女の唇桜桃の色。

夏の明るい陽の下で、

恋が歌うね雲雀とともに。

君の唇色冴え冴えと、

ねえ君、僕をキスへとそそのかす!

花の盛りの草の上、お話が好き?

眉毛の長い、細い巻毛のお嬢さん。

夏の明るい陽の下で、

恋が歌うね雲雀とともに。

駄目と言ってはいけません、冷たい乙女よ!

いいわと言ってもいけません、僕は問いかけしてみたい

君の大きな両眼の長い凝視に

バラの唇に、ああ麗しの人!

夏の明るい陽の下で、

恋が歌うね雲雀とともに。

鹿よさよなら、さよなら兎

赤いウズラもさようなら。

亜麻色の君の髪そして

深紅の唇に、僕は口付けしたいのだ。

夏の明るい陽の下で、

恋が歌うね雲雀とともに。

Leconte de Lisle (1818 - 1894)

la fille aux cheveux de lin

この詩を読んでドビッシーがピアノ曲を作り、それに刺激されたヴィレッジシンガーズの歌で有名になりました。元の詩はあまり知られていないようなので邦訳してみました。シャンソンの様な繰り返し(ルフラン)を持ち、気分は田園風です。

ルコント・ド・リール作詞のフランス歌曲(メロディー)としてはフォーレが作曲した「イスパファンの薔薇」の方が、移り気な娘心を恨む男の哀れさが出ていて優れている様に思います。もっともルコント・ド・リールの作風は難しい仄めかしが多く、分かりづらく、そこが良いのですが、この詩の様に単純なものは例外的です。

2017年4月30日 (日)

パリは二層甲板ガレー船

シャルル・ペギー (1873 - 1914)

ポワン・デュ・ジュールからレバノン杉の木立まで

二層ガレー船が停泊している。グラン・バザールや、官庁の大建築、陰鬱なアルカザールに沿い、

諸個人の生き死にや国家の品格を貫流して。

八十三代の国王、三代の共和制に仕え、

それにナポレオンやアレクサンダー、シーザーに仕え、

我らの父祖はあまたの時化に立ち向かい、

斜めの櫂をとり、忠実に身を挺してきた。

今我らは父祖と同じ樫の長椅子に座し

腰と首と魂を以て櫂を漕ぐ。

樫材のもと、身を屈め、傷を負い、血を流し瀕死になろうとも。

我らの櫂への打撃を持ちこたえ

苦役囚の倅、ガレー船の漕ぎ手として我らは、

セーヌの両岸、ノートルダム寺院の足元に横たわる。

Charles Peguy (1873 - 1914)

Paris double galere

著者はカトリックの詩人で愛国者でした。第一次大戦が勃発すると志願従軍、大戦劈頭のマルヌ川会戦で戦死します。ポワン・デュ・ジュールは15区に在りエッフェル塔の少し下、レバノン杉の木立が有るのは植物園でここはシテ島より上の5区です。

愛国の詩篇を馬鹿にする人がいますが私は好きです。祖国や同胞愛といった言葉がいずれ価値を取り戻すだろうと考えています。大木惇夫の「戦友別杯の歌」など声に出して読むと良いですね。日本と同様フランスにも愛国詩は有ります。むしろ仏独英など欧州の方が本場でしょう。

ペギーは祖国フランスに代々血を以て尽くしてきた先祖をガレー船の漕ぎ手に例え、想像のガレー船をセーヌ川に見ます。伝統を受け継ぐ歴史意識を重視した、往年の武勇の国フランスに相応しい堂々とした詩だと思います。この他にもセーヌに想像力で軍船を描いた詩を作っています。「パリは突撃艦」「パリは戦さ船」。

2017年1月21日 (土)

処女にして気違い、けじめも無くルイ金貨1枚も持たないズュルマの思い出に寄せて

トリスタン・コルビエール(1845 - 1875)

彼女は二十歳と金持ちだった、

僕は20フランと若かった、

それで僕らは一つ財布でやってみた、

或る春の不実な夜に、

底無しに設定した。

月が真ん中に穴を開けた、

5フラン硬貨みたいに丸い、

そこから僕らの財産は流れ去る、

二十歳!20フラン!.....それからお月さま

硬貨で、あらら、20フランだ、

硬貨で、同様に、二十歳だ、

いつでも穴から穴へとお月さま、

そして財布から財布へと共同会計、

殆ど同じ財産だ!

僕は彼女を見出した、たくさんの春、

たくさんの二十歳、たくさんの20フラン、

穴がたくさん、月もたくさんあった。

その後も、彼女はいつだって処女で二十歳、

そしてコミューンの連隊長夫人!

それから、通行人狩り、

20スーで、次いで20フランで、

そしてその後は共同墓地、

月の穴は無いけど、宿泊無料だよ。

Tristan Corbiere (1845 - 1875)

A la memoire de Zulma vierge folle hors barriere et d'un Louis


青春期に結核性リューマチを発症。この病気が原因で30歳を目前にして死亡。学業を諦めてロスコフに居を移しヨットとボヘミアン暮らしを送る。1873年よりパリ住まいとなる。詩集『黄色い愛』を刊行するも皮肉と絶望に彩られた彼の詩は世間に無視された。没後の1885年ヴェルレーヌによりやっとこの「呪われた詩人」が評価されるに至った。

 

ラルース社刊『フランス名詩100撰』より

2016年12月29日 (木)

踊り子

エドガー・ドゥガ (1834 - 1917)

踊れ、翼の付いたお転婆、森の芝生の上で、

お前の細い腕は、真っ直ぐ伸びて、跳躍や荷重の釣り合いを取っている。

知っての通り、お前にはセレブな生活をして欲しいのだ。

ニンフよ、優雅女神よ、昔の高みから来ておくれ。

タリオニよ、アルカディアの姫君よ、来ておくれ、

僕が選んだ、不敵な面構えのこの小娘に、

微笑んで、気品を与えて育てておくれ。

モンマルトルがこの娘に、ご先祖の根性をを伝えたとすれば、

ロクスラーヌは鼻を、シナ人は目を与えたのだ、

君の番だアリエルよ、この新入りに伝えて欲しい、

君の軽い昼の足取りと、軽い夜の足取りを。

だが僕の好みとしては、この娘が果実を守り

黄金宮殿に入っても、町娘の生まれ育ちを忘れずにいて欲しいのだ。

Edgar Degas (1834 - 1917)

La Danseuse

ドゥガは印象派の画家、バレーのモチーフ作品で有名です。詩を残しているとは知りませんでした。一行12音節のアレクサンドラン、各詩節は4行-4行-3行-3行のソネットで韻を踏んだ本式のものです。

2016年10月31日 (月)

11月の公園

ルイ・シャドゥルヌ (1890 - 1925)

霧が並木の曲り角で髪を振り乱している、

バラバラな思い出が一つ、遅れて来て拾われる、

並木にはもの柔らかさが漂い

枯葉の上を歩くように、一つの思いが我々に滑り込む。

11月の公園は君たちの愛を迎え入れる

ああ物思いに耽る青春、ああ衰え行く季節

大公園はメランコリックで、大地に還る死んだ事物の

終末と雨の匂いがしている - 重い空気の湿った匂い

鋭い香を放つ、青白い茎の紫葵は、

すこし曲がって、色褪せて、孤独。

長く透き通った花弁を悲しげに振っているが、

あたかも口づけに血と熱を吸い取られた、繊細すぎる唇が、

己が物憂さを乗せようと、もう一つの口を探しているかの様だ。

霧の大公園はまどろむ。耳の聴こえない熱が、

ああ枯れたバラとアイリスの鋭すぎる香気が - 香と死 -

生暖かい匂いを締め付ける。

匂いの中に汲み尽くされ死んで行く全宇宙。

そして事物の香る悲しみの中に

等間隔に甘い、しめやかな鼓動により、

公園の花それぞれの葉を落とし、たわませながら、

没落の静かにけだるい翼は、そこに憩う。

Louis Chadourne (1890 - 1925)

Jardins de novembre

公園と言えばパリのリュクサンブール公園(Jardin du Luxembourg)が思い出されます。季節や時刻を問わず何度も訪れました。この詩の中の公園の風情とそっくりです。

仏独の詩で秋は嫌な冬の先駆け扱いされる事が多く、実りの秋という描写もありますが大抵は暗いトーンで描かれます。この詩では香と死です。

時間が翼を休めて、時が一時止まる、という例えはよく使われます。ベートーベンの第九交響曲で「喜びよ、汝の優しい翼の留まる所、人類全ては兄弟となる」という一節も似ていますね。

この詩は文章が重ったるく言い回しもくだくだしく、私の趣味ではないのですが、リュクサンブール公園の思い出や訳者の仕事が香を扱っている事もあり、縁を感じて訳してみました。

フランス語のparfum, odeur, senteurに対して日本語にも香り、香気、匂いとありますが、どう対応するのか混乱してしまいました。

シャドゥルヌは文学三人兄弟の長男に生れ、第一次大戦で戦傷を負いそれがもとで若死にした文学者です。長らく忘れられていたそうです。

2016年10月14日 (金)

薪の上に腰掛けて、手にはパイプ

マルクアントワーヌ・ドゥ・サンタマン  (1594 - 1661)

薪の上に腰掛けて、手にはパイプ

悲しくも暖炉に肘をつき

両眼は地面を見つめ、魂は切り刻まれて

僕は考える我が運命の残忍さぶりを

希望が僕をその日その日で支えているが、

頑固な痛みに耐える時間を稼ごうとして、

僕の許へ来ては他の運命を約束したりする、

ローマ皇帝より高い地位に上れるという約束。

だがこうした香草に火がとぼされるや否や、

元へ戻った方が僕には良い様に感じられ、

我が退屈をこう言っては紛らすのだった。

「いや、煙草を吸うのと希望に生きるのとで、

大した差があるとは思えない。

何故って一方は煙だし、もう一方は只の風だ。」

Assis sur un fagot, une pipe a la main

Marc Antoine de Saint-Amant (1594 - 1661)

2016年9月10日 (土)

 怠け者

M.A.サン・タマン

無精と憂鬱に 打ちのめされて

夢見る私は 床の中 まるでベッドの付属品

パテに入ってる骨無しの 野兎同然

或いは鈍い狂気の最中のドンキホーテ 

ここならば イタリア戦役問題も

パラティノ伯や伯爵領問題も 気にかけず

ひたすら捧げる 怠惰への麗しき賛歌

物憂さの中 まるで埋葬された 僕の魂

この楽しみは甘く素敵だ

寝ているうちに 一財産が身に付くかも

だって腹の周りに 脂が付いたんだから

仕事は大嫌いだ だから薄目を開けて

片手を毛布の外に出し ボードワン君よ

気力を奮って 何とかこの詩を書いたのさ

Marc Antoine de Saint-Amant  1594 - 1661

"Le Paresseux"

 

 

作者はルーアンの新教徒廻船問屋の家に生まれました。自由奔放な暮らしを送ったリベルタンの仲間で当然お堅いベルサイユ宮廷からは冷遇異端視されました。この詩からも、能力を認められず本来あるべき地位に就けなかった才人の悲哀と世を拗ねむ感情が読み取れて、サラリーマンなら納得してくれるでしょう。作中の男はふさわしい地位さえ与えられれば、イタリア戦役なりパラティーノ伯爵領交渉なりで大活躍していた筈なのです。怠け者とはだから斜に構えたポーズなのです。

2016年8月29日 (月)

もう一つの日曜日の嘆き節

もう一つの日曜日の嘆き節


ジュール・ラフォルグ

風の強い10月の風景

それを窓が切り取って今日は日曜日

使用不能、斜めのブラインドにゲートルが一組、何時からかぶら下がって乾き

素っ気ない景色への二つの汚点

青灰色に膿んだ作りの悪い夕暮れ

汚れたタイルの洗濯場の一角

一杯だ、陸軍病院、主宰者みたい

鉛色の包帯で膨れたこの空に縞模様をつけた

貧弱な突風が木を五本餌食にした。

それから、紐の付いた藤の骸骨

もっと貧弱な突風の餌食になった。

おお、結婚式の翌日、おお、レースの端切れ

あの藤が帯のつもりだったのか

彼らの紐付きの苦悩を反り返らせて。

ああ、この病室で僕は何をしたのだろう!

詩・みみず。それから後は?おお、薄汚いなめくじ

何と人生はユニークだ、それで君、潜水服など着込んで

果てしないお喋り、そして蒸し返し

だから君はずっとこの部屋の住人という訳か?

ある風の強い10月の風景だった.........

1874年

訳注 「詩・みみず」いずれもVersで掛け言葉になっている。

Jules Laforgue 1860-1887

Complainte d'un autre dimanche

2016年6月12日 (日)

二人だけのランデヴー

レイモン・ラディゲ (1903 - 1923)

二人だけのランデヴー

鳥達にねぐらを借りな

優しいスレートの葉飾り葺きのを!

疲れたどころか、僕の自転車乗りさんは

僕らの土手の上、花と開いて

未来のナルシスのよう

自分自身を待っていた、君はそんな様子

でも邪魔者が決して来ない様に

僕はマルヌ川を見張りに立てた。

君という餌を得て、貞潔など飛んで行けだ

マルヌ川は百歩を進めるだろう。

マルヌの甘い川水がたとえ

他の川より更に甘く貞潔な振りをしても

僕らの欲情は僕らのものだ

紅茶のお湯が沸騰するのを見るように

白いズボンをはいた僕は

日なたで君の処女を奪う

Raymond Radiguet (1903 - 1923)

Le rendez-vous solitaire

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー