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2019年1月13日 (日)

フランソワ・コペー     (1842/01/26 - 1908/05/23)

僕はもうじき50になる

その事はもう諦めた、神よ感謝します!

だがとても気になる事が有る。

歳をとるほど、泣かなくなった。

でも昔同様、苦しみはあるし

自慢じゃないが

他人の不幸には

ずいぶん心を打たれるし

心から出て目に登る

かつての優しき良き泉、ああ枯れ果てたのか!

泉がもうじき枯れるほど

老け込み過ぎてしまったのか?

苦悩の中にいる友や僕自身をも、

涙があればいっときであれ、

僕の苦痛や彼等のそれを

慰め魅惑し鎮めてくれる。

昨日もそうだ、この厳寒の中

ほとんど裸の貧乏人に

金は恵んでやったけど

単なる習慣行為に過ぎぬ

それに他の晩の哀れな寡婦

絶望の打明け話を聞きながら

僕の目からは同情の

涙一滴流れなかった

本当なのか?腰が曲がっていく様に

心も疲れていくなんて。

関心を持つのは自分の事だけ

老いぼれて、頭を下げて歩むのだろうか?

いや違う、それじゃ半分死んだも同然。

残酷な自然よ、お前の厳しい法則に

逆らいながら言ってやる。

僕の情け心に手を触れるな。

ああ、白髪としわ

これは受け入れる、同意する。

だが、老い果てるまで僕の目は

決して枯れ果てないぞ。

何故って、エゴイストの渇いた眼差しほど

醜く背徳なものは無いからだし、

涙の水はこの世を変える

プリズムだから。

(拙訳)

François Coppée      (1842/01/26 - 1908/05/23)

Les Larmes

コペーはパリとその近郊を歌ったフランスの感傷的詩風を代表する作者です。生前は大変人気がありました。

数年前に産経新聞第一面のコラム欄「産経抄」にコペーの涙の話がでていました。永井荷風の翻訳があるとのことでしたが、探せませんでした。荷風の訳ならきっと流麗なものなのでしょう。

年をとると自分の事しか考えない(自分の財布の事!)心の干からびたガリガリ老人になりやすいのは多分世界共通の人間の悲惨さなのでしょう。個人主義傾向の強いフランスでは一層のことです。

ボードレールにも老いの悲惨を描いた作品が多数ありますが、日本ではあまりこのテーマは人気が無い様で、反対に老人を励ます姿勢の作品の方が人気です。でもこれは現実直視ではないと思います。事実を事実として描くフランスの伝統に照らせば、世界どこでも老いは先ず悲惨ですから。50歳で老年というのも今では変ですが、当時の見方はそんなものだったのでしょう。

Les Larmes

J’AURAI cinquante ans tout à l’heure ;

Je m’y résigne, Dieu merci !

Mais j’ai ce très grave souci :

Plus je vieillis, et moins je pleure.

Je souffre pourtant aujourd’hui

Comme jadis, et je m’honore

De sentir vivement encore

Toutes les misères d’autrui.

Oh ! la bonne source attendrie

Qui me montait du cœur aux yeux !

Suis-je à ce point devenu vieux

Qu’elle soit près d’être tarie ?

Pour mes amis dans la douleur,

Pour moi-même, quoi ? plus de larme

Qui tempère, console et charme,

Un instant, ma peine ou la leur !

Hier encor, par ce froid si rude,

Devant ce pauvre presque nu,

J’ai donné, mais sans être ému,

J’ai donné, mais par habitude ;

Et ce triste veuf, l’autre soir,

― Sans que de mes yeux soit sortie

Une larme de sympathie, ―

M’a confié son désespoir.

Est-ce donc vrai ? Le cœur se lasse,

Comme le corps va se courbant.

En moi seul toujours m’absorbant,

J’irais, vieillard à tête basse ?

Non ! C’est mourir plus qu’à moitié !

Je prétends, cruelle nature,

Résistant à ta loi si dure,

Garder intacte ma pitié…

Oh ! les cheveux blancs et les rides !

Je les accepte, j’y consens ;

Mais, au moins, jusqu’en mes vieux ans,

Que mes yeux ne soient point arides !

Car l’homme n’est laid ni pervers

Qu’au regard sec de l’égoïsme,

Et l’eau d’une larme est un prisme

Qui transfigure l’univers.

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