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2017年12月

2017年12月23日 (土)

恋の道

サビーヌ・シコー (1913 - 1928)

恋よ、私のいとしい恋よ、そばにいれば

お前の美しい顔で分かる。

たとえお前が名前や訛りや心や歳を変えようと、

お前の顔を見れば間違うことは無い。

お前の両眼には、恋よ、私のそばでは

星々の我慢強い明るさがある。

夜だろうと海だろうと避難港の無い島だろうと、

お前が私を認めてくれれば、怖いものは何も無い。

私の恋よ、遠くから、お前のために、私は来た、

多分。で、我々は今どこへ行くのだろう?

いつからお前は、私の消えた影を探しているのだ?

いつ私はお前を見失ったのか?どの生に於いて?

天は今我々に立ち向かっているのか?

Sabine Sicaud (1913 - 1928)

le chemin de l'amour

道シリーズですからサビーヌ発病前の作品です。

最後の三行は輪廻転生への傾向をはっきり示しています。「私の消えた影」とは過去生に於ける人生、またはその記憶を指すのでしょう。

実際のサビーヌには恋愛の経験が有りませんでした。家族と家に引きこもっていては、当時のことですから、同世代の男の子と識り会う機会は無かったでしょう。

それで始めの数行のよう恋愛を美化した、恋に恋する気持ちが文字になったりします。

2017年12月 9日 (土)

悲哀の道

サビーヌ・シコー (1913 - 1928)

ただ一つの心?有りえない

苦しみ幸せもその心次第なんて。

苦しみの心とか

苛まれる心とか、引き裂かれた心とか、人は言う。

次いで、島の小鳥の様に楽しげで軽いとか

こんなに大きな心とか、重いとか、膨れたとか言う。

我々の体にはこの心以外に何も入る場所が無いみたいだ。

次いで、身体を離れ神の恩寵に浴するのか?

世界中の血にまみれながら、消えてしまうほど小さな傷跡しか残さない心だって?

有りえない!私は幾つもの心が必要

同じ一つの心が楽しみの中で、かつて一度味わった苦悩を忘れられるわけが無い

一度のまたは何度もの、毎度のそしていつでもの

心は思い出すだろう。むかし自分は重い心だった。将来も真新しい、祖国を持たず、生から生へと持ち運ぶカバンも持たない、そんな心などにはなるまいと。

Sabine Sicaud (1913 - 1928)

Le chemin de creve-coeur

サビーヌの家「孤独館」のサロンでは仏教にも話が及んだそうですから当然彼女も輪廻転生について知識を持っていたでしょう。最後の数行はそう解釈するのが素直だと思います。

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