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2016年4月

2016年4月21日 (木)

私の或る一日

マックス・ジャコブ  (1876 - 1944)

私の或る一日

ポンプから水を汲もうと思い青いポットを二つ手にした。階段が高いので目眩をおこした。ポット一つが余計だったので元の場所へ戻った。目眩が怖いのでもうポンプの所へは行かなかった。ランプから溢れた石油が漏れ出てしまうので、ランプ用受け皿を買うために外出した。だが紅茶用の受け皿しか見つけられなかった。四角くてランプには向いていない。受け皿を買わずに店を出た。公立図書館へ向かう。道々僕はカラーを二つも付けていてネクタイは忘れているのに気付いた。家へ戻った。雑誌ルヴューを取りにヴィルドラーク氏の所へ出かけるも、雑誌は持たずに帰った。雑誌の中でジュール・ロマン氏が僕の悪口を書いていたからだ。後悔の念にかられて眠らなかった。様々な後悔と絶望のために。

Max Jacob (1876 - 1944)

Une de mes journees

ドイツ出自のユダヤ人一家に生まれ、1898年22歳のときパリへ出る。ピカソやアポリネールと交友関係を結びモンマルトルで青春を送る。1944年ゲシュタポに捕えられ強制収容所で死亡。

現代という時代の中での詩人の絶望感を描いた詩が多い。

ラルース社の名詩100撰より。

2016年4月16日 (土)

ル・マンシー(輿椅子)

ルコント・ド・リール (1818 - 1894)

ル・マンシー(輿椅子)

明るいモスリンの瑞々しい雲の下、

毎日曜日朝

君は藤のマンシー(輿椅子)に乗って町へ来た、

丘の坂道を通って。

教会の鐘がせわしなく鳴って、

海風が砂糖キビの茎を揺すっていた。

サヴァンナ風に尖った黄金の雹の様に、

太陽の火はピチピチはぜていた。

腕輪を手首に、くるぶしには足環、

そして巻き髪に黄色いスカーフ、

そんな身なりの原住民が二人、献身的同伴者、

マニラ茣蓙付君のベッドを担いでいた。

痩せて神経の浮き出た脛を折り曲げて、歌いながら、

白いガウンを着てしなやかに、

竹竿を肩に乗せそして両手を腰にあてがい、

担ぎ手は池に沿って進んで行く。

大通りと一段下がったベランダ沿いでは

混血の年寄りが煙草をふかし、

陽気な黒人の一団がマダガスカル・ボーブルの響きで

一座を賑わしていた。

軽やかな大気にはタマリンドの香りが漂い

輝くうねりの上方

沖合いでは鳥たちが巨大な軌跡を描いて、

海霧の中へ跳躍していた。

ところで君は皮サンダルから足を脱いで

マンシーの縁でぶらぶらさせていた。

黒く密生した樹林や、君の唇ほどには赤くない

実をつけるライチ果樹の中では

君の足はバラだった。

ところで群青と緋色に彩られた

花のような羽の蝶が一匹

ひととき君の繊細な肌に身を休めては

そこに色を残してゆくこともあった。

薄い亜麻の日除け越しに、

君の髪束ねが枕を金色に染めているのが見えた。

そして半ば閉じられ、眠った振りのまつげの下に

濃いアメジスト色の君の美しい目が見えていた。

この様に君は麗しい朝ごとに

山から大ミサへ来たのだった、

君の無邪気な優雅さとバラ色の青春の中

君のヒンドゥーのリズミカルな足取りに乗って

今君は、我が海岸の粗い砂の中

はまむぎ草と波の響きの下、

僕の親しかった死者とともに、眠っている

ああ、僕の最初の夢の魅惑の人よ!

Leconte de Lisle (1818 - 1894)

Le Manchy

詩人はレユニオン島生れ。作中の君は詩人の従姉妹で初恋の人だった。

こういう作品を読むと植民地主義だとか現地人差別だとか言う人が昔は多かったのですが、近頃はようやく当時の基準と今の基準の違う事が理解されるようになったのは喜ばしいことです。今の価値観で昔を裁いてはいけません。

南国の海の風が爽やかに香っていて、色鮮やかさが目に浮かびます。それだけに最後の節の白黒で冷たい世界が鋭く対比され、傑作です。

2016年4月10日 (日)

日曜日

ジュール・ラフォルグ 1860-1887

Dimanches   日曜日

ああ、このピアノ、この高価なピアノ

決して決して鳴り止まない

ああ、このピアノ、上の階に鎮座し

僕の頭の上で意固地になる

陰鬱なポルカだったり、

門番用のロマンスだったり、

繊細な練習曲だったり

「乙女の祈り」だったり!

逃げる?何処へ、春だというのに?

外へ、日曜日だ、何もする事が無い.....

中にいても、何もする事が無い....

おお、地上には何もする事が無いのだ!...

オエ、若い娘がピアノに向かってだと、

言わせてもらえば貴方にはまるで魂が無い

音階にノスタルジーを感じるからって

僕はだまされたりしない

宿命的な思い出の花束

狂わんばかりの伝説、でも下らない

もう充分だ!君の来るのが見える

僕の魂は間もなく飛び立つのだ

本当だ、灰色の空の下日曜日

意味のあることなど僕にはもうできない

そして安っぽい手回しオルガン(貧乏な)が僕のはらわたをつかみとる

今や僕は気違いじみてきた

女房がいたら口を押さえて殺すところだ

そして膝まずき

曖昧な事を言うだろう

「ああ、僕は自分の気持をあまりに大事にし過ぎる

それで君など生身の人間に過ぎない

僕が痛めつけたって

ひどいとは思わないだろうさ」

Jules Laforgue 1860-1887

Dimanches

ウルグアイのモンテヴィデオ生まれ。自身の短く悲ししい人生に彼はユーモアで対抗しようとした。メランコリーと冷笑のたっぷり入ったユーモアで。デカダン芸術家と評されたラフォルグはパルナス派の厳格な規則を吹き飛ばし、規則に捕らわれない気ままで日常的な表現で詩を書いた。悲しい道化者のそれで。肺病に蝕まれ27歳で死亡。

ラルース社の名詩100撰より。

中原中也の好きだった詩人です。性格に共通点が有りますね。

2016年4月 5日 (火)

夏の悲しみ

アラン・フルニエ

夏の悲しみ

この朝、だけど夏だったから

彼女らが白いドレスで笑っているのを見たと信じていた。

そして、だけどこの朝鐘は鳴った

日曜日だったから........

午後の荒れ野の日当りの良い絶望、

埃....沈黙....そして死んだ陽気さの光線、

カーテンを下ろした昼間、冬のように悲しい!

....泣き虫がやって来て、そして疲れて、楽譜を

ピアノ....どこかを...忘れられた女...、すすり泣き....

Alain Fournier  (1886 - 1914)

Tristesses d'ete

1904

アラン・フルニエの残した青春小説『モーヌの大将 ー ル・グランモーヌ』なら読んだ方も多いと思います。意訳して『さすらいの青春』という題で邦訳も出ています。青春小説の傑作世界一だそうですから未だお読みになっていない方にはお勧めします。長くはありません。

第一次世界大戦勃発の年に戦死した作家でした。詩も残していたとは知りませんでした。立原道造に通じる透明感のある素敵な作品ですね。

2016年4月 4日 (月)

狼の死

アルフレド・ド・ヴィニー 1797-1863

『狼の死』 (後半部分の抜粋訳)

1

狼が来て座った。前脚を二本立て、鍵爪を砂地に打ち込んで。

狼は負けを認めていた。不意を付かれたからだ。逃げ道は塞がれ、彼の獣道は全て押さえられていた。

今彼は燃える口中に一頭の猟犬のひくひく動く喉笛をくわえている。一番大胆だった犬の喉笛だ。

我々の銃火は狼に数発の貫通銃創を負わせていたし、頑丈で鋭い短刀も数本、十文字にその長い腹に刺さってはいた。しかし彼は犬が息絶え、彼の前で転がって死んで行くのを見届けるまで、その鋼の顎を緩めようとしなかった。

さて狼は犬から離れると我々をじっと見た。

短剣が数本柄もと迄腹に突き刺さったままだ。芝生は狼の血に染まり彼は動かない。

我々の銃は十字砲火の位置で狼を取り囲んでいた。

我々を今一度見据えてそれからうつ伏せになり、口の周りの血を舐め回し、どれほどの苦痛に耐えたかを一切教えてくれようともせず、見開いた両眼を閉じ、叫びもあげずに彼は死んでいった。

2

薬包の無くなった銃に額を持たせ掛け

考え始めてみたが私は決めかねていた、

雌狼と二匹の仔を追跡すべきか否か。

三頭とも父の帰りを待っていることだろう。それに子供がいなければあの陰鬱にも美しい寡婦は、単独で夫を大試練に向かわせることなど無かったろうと僕は信ずる。

だが彼女の義務は仔を救い、飢えに耐えるすべを教え、人間が家畜と一緒にこしらえ上げた文明世界へ入り込まぬ様にしつける事だった。森と岩場の本来の所有者である狼を、住処がもらえる、ただそれだけの報酬で、犬どもは人間の前で狩りたてるのだった。

3

ああ、人間などと大仰な名前を持ってはいるが、僕は自分たち自身を恥ずかしいと思った。なんて弱虫だ。

どの様に生を離れ苦痛を堪え忍ぶべきか、気高い動物たちよ、それを知っているのはあなた方なのだ。

人間とは地上で何者だったか、何を残したかを見るとき、沈黙だけが偉大だ。全て他は弱虫だ。

野生の旅人よ、僕には君のことがよく分かった。君の最後の一瞥は心に届いた。

狼は応えた。「できるなら魂に響く事をせよ。真剣さを失わず考え深くあれ。

森に生まれた私は、このストイックな誇りの最後の高み迄登り詰めた。呻いたり泣いたり祈ったりは、みな腰抜けだ。運命が君に割り振った道の中で、永く重い君のつとめを力一杯果たせ。

それから私のように、苦しみ、何も語らず死んでゆけ」

Alfred de Vigny (1797-1863)

La Mort du Loup

勇気、自己犠牲、克己心といった今時ははやらない言葉が浮かんでくる読後感です。40年近く前に見た『暗殺者の森』というイタリア映画を思い出しました。死地に赴く主人公が呟いていたのがダヌンツィオの詩でした。ヴィニーのこの詩とは主題が違いますが、カッコイイーと言わせる情感がありました。こういう男っぽい詩情が理解される日がまた来て欲しいものです。

ご挨拶

フランス語を勉強するようになって随分経ちますが大して上達しません。このまま終わってしまうのは悔しいので、好きな詩の翻訳でもしてみようと、自分自身にハッパをかけることにしました。

ボードレール、ランボー、マラルメ、アポリネールといった大物は邦訳が沢山出ていますのでパスし、日本では翻訳のあまり出ていない詩人の作品に限ることにしました。自分の気に入った作品という基準だけで選びましたので、学問的には意味の無い個人アンソロジーですが、宜しければお楽しみ下さい。

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