2018年4月10日 (火)

1月の干し物ロープ上の悲しみ

ロルフ=ディーター・ブリンクマン  (1940 - 1975)

針金が一本、曲がって

張られている

二本の枯れ木を結んで、

その木は間もなく又

葉を芽吹くことだろうが、

早朝そこに洗い立ての

黒いパンティーストッキンングが

一つ、ぶら下がり

絡まった

長い脚から水滴が

明るい朝の光の中

石に滴っている。

Rolf Dieter Brinkmann (1940 - 1975)

Trauer auf dem Waeschedraht im Januar

色んなことが想像されます。女だ、一人暮らしだ、離婚したのか、男物は洗っていない。針金を干物ロープの代用に使うくらいだから豊かとは言えない生活だ。悲しみが早朝の日の中で明るく輪郭を際立たせている。1月に晴天とはドイツらしくないが、場所はどこなのだろう。

wikipediaによると何度ものロンドン滞在で発見した米英のポップ詩をドイツに紹介したとありました。即物的な(faktisch)表現とも書いてありました。そう言えばこの詩には感情を現す言葉が一つも使われていません。それだけに滴る水滴が涙を連想させて効果的です。

2018年3月 4日 (日)

医師団

サビーヌ・シコー (1913 - 1928)

本で調べ物しないで下さい!

生きるのってそんなに複雑なんですか?

私にどんな痛い目を見させるのか、悲しくなるあの医師団....。

わざとだとは思わない

それにいつも人を殺そうと思ってはいまい。

でも大量の薬、注射、

なのに技倆は貧弱?彼等は私を殺す、それは明瞭だ。

冬の間じゅう私を苦しめて、あんなに苦しめて、

ついには占い頼り!

白衣を着て代わる代わる私を触診する彼等を見る。

それから不吉な態度で額を集める。

戦時評議会?閣議?

司教公会議?或いは閂をかけて灯火管制、

地下室でのメロドラマ風共同謀議?

身体がひどくなかったら、私笑い出してしまうところだ。

でもこれは知識の無い、私に向けてなのだ。

私の属するアマチュアに向けて、

医者は何か知っている振りをする。

ブシュ(1)なら千倍も良く分かっている、ああ!

私の古猫ブシュは草を噛み、調合し

いつもそうして病気から治る

別に原因など探さずに。

年寄りブシュ、年寄りブシュは日向ぼっこしながら

医師団の処方薬を小馬鹿にしている!

お前のお腹は温かく、小さいお鼻は紅色。

私にはお前で十分。ブシュ。助けに来ておくれ。

ブシュ Bouchut(1):サビーヌの飼っていた雄猫。鈍そうに見えるが自己治療する分別があった

Sabine Sicaud (1913 - 1928)

Medecins

2018年2月16日 (金)

若葉

サビーヌ・シコー (1913 - 1928)

お前たち、私の方へ手を差し伸べてる、

木々の緑の小さな手、

道端の木々の緑の小さな手。

ところで古びた壁たちは更に少しガタが来て

古びた家たちも傷口を見せているのに、

お前たち、私の方へ手を差し伸べてる、

生垣の花つぼみ、緑の小さな指。

貝殻の形した小さな指、

若く輝かしく、命のぎっしり詰まった、

小さな指

向こうでは古壁が、私の方へ手を差し伸べてる。

古壁が言う「気違い風には気をつけな、

激しい日差しに気をつけな、星の夜には気をつけな、

山羊には、カタツムリには気をつけな、

生きてるものに気をつけな、小さな指よ!」

鉤爪付きで人嫌い、そして優しい緑の小さな指、

どうしてお前たち気持ちが良いの

古壁が今朝カッサンドラ(1)の声を出した。

絹紙の小さな指、

ビロードか、きらめく七宝の小さな指、

どうしてなのかは良く分かってる、

灰色の壁の言うことなぞお前たち、聞きはしない。

ひ弱な緑の扇、次の夏の手、

お前たちが何故古壁や崩れ屋根の言うことを聞かないのか、

我々は良く知っている

古壁を越えて、小さな指の全力で

お前たちは、若さのしるしになっているのだ!

(1)カサンドラはトロイの王女。予言の力があったが聞き入れられず、ギリシャと戦った祖国は滅亡した。

Sabine Sicaud (1913 - 1928)

Premieres feuilles

シコー家の庭は広大でしたからこの詩の情景は彼女が毎日現実に目にしていたものでしょう。

春を讃える可愛らしい子供の詩かと思っていると、古壁や崩れ屋根に代表される年寄りの忠告など聞き入れてやるものか、という反抗宣言で終わっています。どうもこの娘さんは、古いものや伝統を役立たずの老いぼれ扱いする傾向が見えて面白くありません。『でこぼこ道』の最終行も「丈夫な新しい橋で川を越す、新道で行こう。」と昔の道は邪魔扱いです。

社会主義者だった弁護士の父親の影響なのでしょうか?

2018年2月 4日 (日)

お医者さん

サビーヌ・シコー (1913 - 1928)

お医者さん誰か一人?先ず美男子であること!

とっても良い男。堂々とした男っぷりでなく

若くて、健康的で、気が利いて、幸福そうなこと!

外から話しかける声も、そんなに大声でなく

でも彼と一緒に太陽が入って来るのに十分な大きさ

笑いを知っている人 - 退屈なときは

部屋の四隅であくびをする -

そしてお前を笑わせられること、お前、

あんなに痛みと十二月病で苦しんでいるお前を。

灰色の十二月、灰色の十二月、失われたクリスマス

鉛色と灰色の空の下

医者は知っていなければならない、

どこからこの灰色の死人が降りて来るのかを。

夜や悪魔じみた発熱を打ち負かすため

医者は明るくなければならない -

待ち望まれた言葉を語り

或いはその唇に読み取らせねばならない

彼は陽気で健康でなければならない、

(病状がやがて安定する日を、四肢が自由になったり、苦労の無い楽々とした精神というものを、信じる必要は無いのだろうか?)

彼は健康でなければならない、

強くなければならない - 横柄なところ無しで

穏やかに運命と立ち向かい

私たちを深く信頼していなければならない!

私の愛するものを愛すべきこと - 彼にはこうした

全てを理解する術が必要だ

そして彼には私の興味を引くことに、

遠くからでなく、近しい友人として

興味をもって欲しい。

彼が善良であります様に - 私たちの反抗とか弱さを受容してくれる、優しい心の広さを持っていますように。

学識?それはあるでしょ、疑いも無く。

もし彼が私の言った、要求した通りの人なら。

でもこんな要求をするなんて、ご存知でしょう、

何もできない連中に奇跡を求めるのと同じ!

学位保持者の中で誰が

病人の願う医師像に似ているのか!

誰がこのしつこい、厚ぼったい、無愛想な灰色の中で

目を閉じた私が見る方なのだろう

だからここで反対の人物像を採用してみよう、

脚の曲がった、怒りっぽく、動きの鈍い惨めな男

案山子の効果判定の様に

治療に効果があるのか動揺し

既知未知を問わず最悪の病気なので

彼には治癒不能に思われる!

青白い年寄り医者を取り上げてみよう、頭はつるつるが良い

目は赤く濁り唇はひび割れ

地上に彼より不安定で、醜く渋い顔をした

生命体は存在しない様に見える

毎朝開きかけた花々越しに彼を見つけると

試合の様に私たちは思うことだるう

ホッとして、気が軽くなり、彼と比べれば

私たちの方がましなのに少し誇らしく、

「あの男、せめて学識でも無いと暮らしていけないわ」

Sabine Sicaud (1913 - 1928)

Un medecin

英語なら a doctor ですから、誰か一人お医者さんを選ぶならといった意味が含まれます。14~15歳の少女にしては観察力が鋭いですね。自分自身を客体化して「お前」と呼び掛けるとき、呼び掛けるサビーヌはどこにいるのでしょう。

ただこうまで子供らしい我がままぶりと頭の良さが結びつくと、小生意気なガキめと感じてしまったりします。

協調性の無さと言いますか、見ず知らずの他人と摩擦を減らしてうまくやって行く能力の不足は学校に通わず家庭教師に勉強を見てもらっていたせいも有るのでしょう。

他人をおだてたり自分がへり下ったり我欲を抑えたりする、いわゆる世渡りを知らずに済んだサビーヌをフランスの評論家は純粋とか天真爛漫 (pure, ingenue)とか形容しています。でもまあ日本基準から言えば、可愛げの無い神妙さの欠けた娘さんではあった様です。

2018年1月23日 (火)

盲目の斑点

ウラ・ハーン (1946 - )

私たちこんなに違うから一緒にいられるの

あんたはあっちあたしはここ、あたしたち別々の車線

あんたの「こうだった」とあたしの「まだあゝなるかも知れない」

盲目の斑点が二つ現在の中にある

二人は夢見る人間だと、もう分かっているなら

現在は目覚めの前の夢のようなもの

二人がそれぞれこことあそこに戻るまで

現在は一時あたしたちと共に風の中で戯れる

Ulla Hahn (1946 - )

Blinde Flecken

冬の歌

ウラ・ハーン (1946 - )

今日あなたの家を出たとき

初雪が降っていた

そして私は韻律づくりに

頭を痛めていた

目が涙で一杯なのは

寒さのせいではなく

韻を踏まない

何かのせいだった

ああ、私が呼んだとき

あなたはもう遠ざかっていて

それで私は問うた、先夜誰があなたの

韻の中に眠ったのかと

Ulla Hahn (1946 - )

Winterlied

ザールラント州生まれの女性詩人。ungereimtには「韻を踏まない」と「しっくりしない」の二つの意味があります。

詩作の問題、寒さ、しっくり行かなくなった男女関係が絡まって女性的な良い詩になっていると思います。

2018年1月13日 (土)

西への道

サビーヌ・シコー (1913 - 1928)

西への大道よ、君等は誰のために作られたのか?

自由の道と見なされてはいるが

きっと嘘なのだろうが.........。

ポポカットペルト山(1)の出現した空間、

黒いセコイア樹が奇妙な道を取巻くところ、

動植物相があんなにも広大に空を所有しているので

人間はもう何階に暮らしているのか分からない。

自由の道を我々は自由だと仮定する。

パンパスを横切り手綱無しの私の馬は走る、

しかし巨大都市は火の網を持ち

あらゆる人種からなる若者たちは彼等の投網や彼等の壁、彼等の父たちや神々を持っている。

サーガッソ海(2)の「トロワ・プンタ」、

南アメリカ北アメリカ、人間を自由にしまた奴隷にする金羊毛の、金鉱の、黄金の国々、

南極風は抑制を多分無視し、北方の鷲を、猟師の罠をも気にせず.....。

しかし、あゝ私の自由よ、姉妹よりも大事な

お前が住むのは私の中なのだ、静謐にそしてさすらうこと無く、

他方、道はあまた地球を回っている。

Sabine Sicaud (1913 - 1928)

Chemins de l'ouest

(1)メキシコの火山。海抜5462メートル。

(2)帆船時代「魔の海」と恐れられたカリブ海の一部。風が吹かず、繁茂する海藻に絡め取られて船足が止まると言われる。

道シリーズの一編。サビーヌが空想で旅をした記憶です。地図帳や世界地理の本を見ながら空想の翼を広げたのでしょう。「自由の道というのは嘘」と言い切っているあたり並みの子供ではありません。なお道には複数形が使われています。

2017年12月23日 (土)

恋の道

サビーヌ・シコー (1913 - 1928)

恋よ、私のいとしい恋よ、そばにいれば

お前の美しい顔で分かる。

たとえお前が名前や訛りや心や歳を変えようと、

お前の顔を見れば間違うことは無い。

お前の両眼には、恋よ、私のそばでは

星々の我慢強い明るさがある。

夜だろうと海だろうと避難港の無い島だろうと、

お前が私を認めてくれれば、怖いものは何も無い。

私の恋よ、遠くから、お前のために、私は来た、

多分。で、我々は今どこへ行くのだろう?

いつからお前は、私の消えた影を探しているのだ?

いつ私はお前を見失ったのか?どの生に於いて?

天は今我々に立ち向かっているのか?

Sabine Sicaud (1913 - 1928)

le chemin de l'amour

道シリーズですからサビーヌ発病前の作品です。

最後の三行は輪廻転生への傾向をはっきり示しています。「私の消えた影」とは過去生に於ける人生、またはその記憶を指すのでしょう。

実際のサビーヌには恋愛の経験が有りませんでした。家族と家に引きこもっていては、当時のことですから、同世代の男の子と識り会う機会は無かったでしょう。

それで始めの数行のよう恋愛を美化した、恋に恋する気持ちが文字になったりします。

2017年12月 9日 (土)

悲哀の道

サビーヌ・シコー (1913 - 1928)

ただ一つの心?有りえない

苦しみ幸せもその心次第なんて。

苦しみの心とか

苛まれる心とか、引き裂かれた心とか、人は言う。

次いで、島の小鳥の様に楽しげで軽いとか

こんなに大きな心とか、重いとか、膨れたとか言う。

我々の体にはこの心以外に何も入る場所が無いみたいだ。

次いで、身体を離れ神の恩寵に浴するのか?

世界中の血にまみれながら、消えてしまうほど小さな傷跡しか残さない心だって?

有りえない!私は幾つもの心が必要

同じ一つの心が楽しみの中で、かつて一度味わった苦悩を忘れられるわけが無い

一度のまたは何度もの、毎度のそしていつでもの

心は思い出すだろう。むかし自分は重い心だった。将来も真新しい、祖国を持たず、生から生へと持ち運ぶカバンも持たない、そんな心などにはなるまいと。

Sabine Sicaud (1913 - 1928)

Le chemin de creve-coeur

サビーヌの家「孤独館」のサロンでは仏教にも話が及んだそうですから当然彼女も輪廻転生について知識を持っていたでしょう。最後の数行はそう解釈するのが素直だと思います。

2017年11月29日 (水)

でこぼこ道

サビーヌ・シコー (1913 - 1928)

古い道、でこぼこなのはわだちの跡か。

雨がひどかったから。

荷馬車のかよった古い道

もう粉挽を止めた古い水車小屋への道

もうお城の無い殿様の道。

首切り役人の道、

郵便馬車の道

四つ辻で交わる道は、みんな草ぼうぼう

水たまりだらけの道

道はみな廃道

丈高い野ばら、りんぼく、ドゥス・アメール草やブリオンヌ草の間

風は洞窟や黄睡蓮の間を吹き抜けるあの風

メランコリーの風

バリバリと雌山羊の脚が踏み砕く薄氷も

落ちかかる夜の前には悲しくなる。

でこぼこ道、雨、灰色の霧氷、

最後のてんとう虫.....。

丈夫な新しい橋で川を越す、新道で行こう。

Sabine Sicaud (1913 - 1928)

Le chemin creux

道シリーズは全部で18篇、全て病気にかかる前の13歳~15歳の作品です。

最後の行があっけらかんとしていて面白く感じました。

古く滅びて行くものへの共感を綴り続けて最後に「新道を採ろう」といかにも素直な子供らしい決断が来ます。

サビーヌの家庭は父親が社会主義者の進歩派でしたから、カトリックとは縁の薄い無神論者だったと思われます。楽天的な科学万能主義が主流の時代でしたので、新しいものを素直に良しとして受け入れる風潮が当時の社会全体にありました。

ただお客を招いてのサロンの折には仏教などにも話が及んだそうですから、まったくの唯物論者であったとは言えないでしょう。

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