2017年6月14日 (水)

亜麻色の髪の乙女

ルコント・ド・リール (1818 - 1894)

花盛りリュゼルヌ草に腰下ろし

朝早くから歌うのだ~れ?

亜麻色の髪の乙女が歌ってる

美女の唇桜桃の色。

夏の明るい陽の下で、

恋が歌うね雲雀とともに。

君の唇色冴え冴えと、

ねえ君、僕をキスへとそそのかす!

花の盛りの草の上、お話が好き?

眉毛の長い、細い巻毛のお嬢さん。

夏の明るい陽の下で、

恋が歌うね雲雀とともに。

駄目と言ってはいけません、冷たい乙女よ!

いいわと言ってもいけません、僕は問いかけしてみたい

君の大きな両眼の長い凝視に

バラの唇に、ああ麗しの人!

夏の明るい陽の下で、

恋が歌うね雲雀とともに。

鹿よさよなら、さよなら兎

赤いウズラもさようなら。

亜麻色の君の髪そして

深紅の唇に、僕は口付けしたいのだ。

夏の明るい陽の下で、

恋が歌うね雲雀とともに。

Leconte de Lisle (1818 - 1894)

la fille aux cheveux de lin

この詩を読んでドビッシーがピアノ曲を作り、それに刺激されたヴィレッジシンガーズの歌で有名になりました。元の詩はあまり知られていないようなので邦訳してみました。シャンソンの様な繰り返し(ルフラン)を持ち、気分は田園風です。

ルコント・ド・リール作詞のフランス歌曲(メロディー)としてはフォーレが作曲した「イスパファンの薔薇」の方が、移り気な娘心を恨む男の哀れさが出ていて優れている様に思います。もっともルコント・ド・リールの作風は難しい仄めかしが多く、分かりづらく、そこが良いのですが、この詩の様に単純なものは例外的です。

2017年4月30日 (日)

パリは二層甲板ガレー船

シャルル・ペギー (1873 - 1914)

ポワン・デュ・ジュールからレバノン杉の木立まで

二層ガレー船が停泊している。グラン・バザールや、官庁の大建築、陰鬱なアルカザールに沿い、

諸個人の生き死にや国家の品格を貫流して。

八十三代の国王、三代の共和制に仕え、

それにナポレオンやアレクサンダー、シーザーに仕え、

我らの父祖はあまたの時化に立ち向かい、

斜めの櫂をとり、忠実に身を挺してきた。

今我らは父祖と同じ樫の長椅子に座し

腰と首と魂を以て櫂を漕ぐ。

樫材のもと、身を屈め、傷を負い、血を流し瀕死になろうとも。

我らの櫂への打撃を持ちこたえ

苦役囚の倅、ガレー船の漕ぎ手として我らは、

セーヌの両岸、ノートルダム寺院の足元に横たわる。

Charles Peguy (1873 - 1914)

Paris double galere

著者はカトリックの詩人で愛国者でした。第一次大戦が勃発すると志願従軍、大戦劈頭のマルヌ川会戦で戦死します。ポワン・デュ・ジュールは15区に在りエッフェル塔の少し下、レバノン杉の木立が有るのは植物園でここはシテ島より上の5区です。

愛国の詩篇を馬鹿にする人がいますが私は好きです。祖国や同胞愛といった言葉がいずれ価値を取り戻すだろうと考えています。大木惇夫の「戦友別杯の歌」など声に出して読むと良いですね。日本と同様フランスにも愛国詩は有ります。むしろ仏独英など欧州の方が本場でしょう。

ペギーは祖国フランスに代々血を以て尽くしてきた先祖をガレー船の漕ぎ手に例え、想像のガレー船をセーヌ川に見ます。伝統を受け継ぐ歴史意識を重視した、往年の武勇の国フランスに相応しい堂々とした詩だと思います。この他にもセーヌに想像力で軍船を描いた詩を作っています。「パリは突撃艦」「パリは戦さ船」。

2017年3月29日 (水)

最後の時間

ペーター・マイヴァルト (1946 - 2008)

あの最後の時間

僕らは何もできなかった。

君は落ち込みたくはなかったし

僕も笑うわけにはいかない。

だから僕らは紙とお喋りの中に

時間を包み込んだ。

それから僕らは二人して外に出た

一人になるとお互い文句を言いながら。

Letzte Stunde

Peter Maiwald (1946 - 2008)

マルセル・ライヒ=ラニッキ選『ドイツ名詩選』より。

最後の、別れても文句を言い合うところがいかにも頑固なドイツ人らしくて、読んでいて吹き出してしまいました。

2017年2月25日 (土)

支えはバラ一本だけ

ヒルデ・ドーミン   (1909 - 2006)

空中に部屋をこしらえます

曲芸師と鳥たちのもとに。

私のベッドは感情の台形の上

枝の先端にあって

風に吹かれる鳥の巣みたい。

優しく刈り取られた羊の、

手触り柔らかな毛でできた

毛布を一枚買います。月光に

照らされた雲が、大地を超えて

伸びてくる、そんなウール。

目を閉じて羊毛の房にくるまる。

小さいひづめの下にある

砂を感じとりたい。

そして家畜小屋の戸を夜閉める

かんぬきのカチリという音が聞きたい。

でも私は鳥の羽に身を包み

空中高く横たわり揺れる身だから

目眩がする。眠れない。

私の手が何か支えを探して伸びるが

見つけた支えはバラ一本だけ

Nur eine Rose als Stuetz

Hilde Domin (1909 - 2006)

『ドイツ名詩100選』より。女流詩人。この詩や他の作品などから推すと易しい文体の庶民派とでも言えるのでしょうか。

2017年1月21日 (土)

処女にして気違い、けじめも無くルイ金貨1枚も持たないズュルマの思い出に寄せて

トリスタン・コルビエール(1845 - 1875)

彼女は二十歳と金持ちだった、

僕は20フランと若かった、

それで僕らは一つ財布でやってみた、

或る春の不実な夜に、

底無しに設定した。

月が真ん中に穴を開けた、

5フラン硬貨みたいに丸い、

そこから僕らの財産は流れ去る、

二十歳!20フラン!.....それからお月さま

硬貨で、あらら、20フランだ、

硬貨で、同様に、二十歳だ、

いつでも穴から穴へとお月さま、

そして財布から財布へと共同会計、

殆ど同じ財産だ!

僕は彼女を見出した、たくさんの春、

たくさんの二十歳、たくさんの20フラン、

穴がたくさん、月もたくさんあった。

その後も、彼女はいつだって処女で二十歳、

そしてコミューンの連隊長夫人!

それから、通行人狩り、

20スーで、次いで20フランで、

そしてその後は共同墓地、

月の穴は無いけど、宿泊無料だよ。

Tristan Corbiere (1845 - 1875)

A la memoire de Zulma vierge folle hors barriere et d'un Louis


青春期に結核性リューマチを発症。この病気が原因で30歳を目前にして死亡。学業を諦めてロスコフに居を移しヨットとボヘミアン暮らしを送る。1873年よりパリ住まいとなる。詩集『黄色い愛』を刊行するも皮肉と絶望に彩られた彼の詩は世間に無視された。没後の1885年ヴェルレーヌによりやっとこの「呪われた詩人」が評価されるに至った。

 

ラルース社刊『フランス名詩100撰』より

2016年12月29日 (木)

踊り子

エドガー・ドゥガ (1834 - 1917)

踊れ、翼の付いたお転婆、森の芝生の上で、

お前の細い腕は、真っ直ぐ伸びて、跳躍や荷重の釣り合いを取っている。

知っての通り、お前にはセレブな生活をして欲しいのだ。

ニンフよ、優雅女神よ、昔の高みから来ておくれ。

タリオニよ、アルカディアの姫君よ、来ておくれ、

僕が選んだ、不敵な面構えのこの小娘に、

微笑んで、気品を与えて育てておくれ。

モンマルトルがこの娘に、ご先祖の根性をを伝えたとすれば、

ロクスラーヌは鼻を、シナ人は目を与えたのだ、

君の番だアリエルよ、この新入りに伝えて欲しい、

君の軽い昼の足取りと、軽い夜の足取りを。

だが僕の好みとしては、この娘が果実を守り

黄金宮殿に入っても、町娘の生まれ育ちを忘れずにいて欲しいのだ。

Edgar Degas (1834 - 1917)

La Danseuse

ドゥガは印象派の画家、バレーのモチーフ作品で有名です。詩を残しているとは知りませんでした。一行12音節のアレクサンドラン、各詩節は4行-4行-3行-3行のソネットで韻を踏んだ本式のものです。

2016年12月 9日 (金)

こんなに君が好きだった

ヨアヒム・リンゲルナッツ (1883 - 1994)

こんなに君が好きだった!

何のためらいも無く君に

僕のストーブのタイルを一枚

贈り物した事だろう。

君に打ち明けられなかった。

勇気の不足が今は悲しい。

線路の土手に

エニシダが堂々と咲いている。

過ぎた事 - 何年も前だ -

でも決して忘れられない事。

僕は旅をする。

長く続くものは何であれ

小声だ。

時間はあらゆる生き物を

変形する。

犬は吠える。

犬は読めない

犬は書けない

僕等は留まれない。

僕は笑う。

重要なのは

茶漉しの網に

あいた穴だ

こんなに君が好きだった!

Ich habe dich so lieb

Joachim Ringelnatz (1883 - 1994)

ワイマール共和国時代ベルリンで軽演劇(キャバレー)・風刺劇作家、詩人、左翼系ジャーナリストとして活躍。1933年にナチス政権により舞台出場禁止処分を受け翌年病死。

仕出かしてしまった後悔より、しなかった事の後悔の方が後を引くと言いますが、好きな女性に打ち明けられなかった痛みは癒えません。

茶漉し網は記憶が薄れてゆく例えによく使われます。ベルリンの石炭ストーブは大型レンガ状に成型した褐炭をゆっくり燃焼させます。部屋の隅にしつらえてあり、家具と見まごうほど立派な、絵柄タイルを張った角柱です。

2016年10月31日 (月)

11月の公園

ルイ・シャドゥルヌ (1890 - 1925)

霧が並木の曲り角で髪を振り乱している、

バラバラな思い出が一つ、遅れて来て拾われる、

並木にはもの柔らかさが漂い

枯葉の上を歩くように、一つの思いが我々に滑り込む。

11月の公園は君たちの愛を迎え入れる

ああ物思いに耽る青春、ああ衰え行く季節

大公園はメランコリックで、大地に還る死んだ事物の

終末と雨の匂いがしている - 重い空気の湿った匂い

鋭い香を放つ、青白い茎の紫葵は、

すこし曲がって、色褪せて、孤独。

長く透き通った花弁を悲しげに振っているが、

あたかも口づけに血と熱を吸い取られた、繊細すぎる唇が、

己が物憂さを乗せようと、もう一つの口を探しているかの様だ。

霧の大公園はまどろむ。耳の聴こえない熱が、

ああ枯れたバラとアイリスの鋭すぎる香気が - 香と死 -

生暖かい匂いを締め付ける。

匂いの中に汲み尽くされ死んで行く全宇宙。

そして事物の香る悲しみの中に

等間隔に甘い、しめやかな鼓動により、

公園の花それぞれの葉を落とし、たわませながら、

没落の静かにけだるい翼は、そこに憩う。

Louis Chadourne (1890 - 1925)

Jardins de novembre

公園と言えばパリのリュクサンブール公園(Jardin du Luxembourg)が思い出されます。季節や時刻を問わず何度も訪れました。この詩の中の公園の風情とそっくりです。

仏独の詩で秋は嫌な冬の先駆け扱いされる事が多く、実りの秋という描写もありますが大抵は暗いトーンで描かれます。この詩では香と死です。

時間が翼を休めて、時が一時止まる、という例えはよく使われます。ベートーベンの第九交響曲で「喜びよ、汝の優しい翼の留まる所、人類全ては兄弟となる」という一節も似ていますね。

この詩は文章が重ったるく言い回しもくだくだしく、私の趣味ではないのですが、リュクサンブール公園の思い出や訳者の仕事が香を扱っている事もあり、縁を感じて訳してみました。

フランス語のparfum, odeur, senteurに対して日本語にも香り、香気、匂いとありますが、どう対応するのか混乱してしまいました。

シャドゥルヌは文学三人兄弟の長男に生れ、第一次大戦で戦傷を負いそれがもとで若死にした文学者です。長らく忘れられていたそうです。

2016年10月20日 (木)

大都会の目

クルト・トゥホルスキー

朝早く

君が出勤する時、

心配事を抱えて

ホームに立っている時。

そんな時都会は君に

数百万人の人間漏斗の中の君に

アスファルトみたいに滑らかに

二つの見知らぬ目を向ける、一瞥、

眉毛、瞳、まぶた --

何だったのか?もしかして君の生涯の幸運

過ぎてしまった、風に吹かれて、二度と無い。

君は一生のうちに

何千という道を通る。

歩いている道で

君の事を忘れてしまった

あの目を見る

片目が合図する

魂が響く

君は見つけた

ただ数秒だけ

二つの見知らぬ目、一瞥、

眉毛、瞳、まぶた --

何だったのか?誰も時間を戻せはしない.....

過ぎてしまった、風に吹かれて、二度と無い。

君は徒歩で

街々を歩き回る事が有るだろう。

一瞬の間

見知らぬ他人を見る。

敵かもしれない

友かもしれない

闘争中の

同志かもしれない

向こう側に見える

そして立ち去って行く.....

二つの見知らぬ目、一瞥、

眉毛、瞳、まぶた --

何だったのか?

膨大な人数の中の単なる一個!

過ぎてしまった、風に吹かれて、二度と無い。

Kurt TUCHOLSKY (1890 - 1935)

Augen in der Gross-Stadt

ワイマール共和国時代のベルリンを代表するジャーナリスト、著述家。左翼平和主義者、社民党員として多方面で活躍。作家が社会批評をするというハイネの伝統を受け継いだ。現在でもベルリン市民や左派知識人には人気がある。

2016年10月14日 (金)

薪の上に腰掛けて、手にはパイプ

マルクアントワーヌ・ドゥ・サンタマン  (1594 - 1661)

薪の上に腰掛けて、手にはパイプ

悲しくも暖炉に肘をつき

両眼は地面を見つめ、魂は切り刻まれて

僕は考える我が運命の残忍さぶりを

希望が僕をその日その日で支えているが、

頑固な痛みに耐える時間を稼ごうとして、

僕の許へ来ては他の運命を約束したりする、

ローマ皇帝より高い地位に上れるという約束。

だがこうした香草に火がとぼされるや否や、

元へ戻った方が僕には良い様に感じられ、

我が退屈をこう言っては紛らすのだった。

「いや、煙草を吸うのと希望に生きるのとで、

大した差があるとは思えない。

何故って一方は煙だし、もう一方は只の風だ。」

Assis sur un fagot, une pipe a la main

Marc Antoine de Saint-Amant (1594 - 1661)

«一息入れる